マタニティハラスメントが投げかけるこれからの働き方

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厚生労働省は初の実態調査として、働く女性の21.4%が、妊娠・出産・育児休業などを機に、職場で不利益な取扱いを受けたり、精神的、肉体的な嫌がらせを受けたりする「マタニティハラスメント(マタハラ)」を経験したと考えていると発表しました。(「日本経済新聞」2016年3月5日)

近年、職場におけるハラスメントに対して社会の関心も高まり、リスク管理と生産性向上の観点から、その予防と解決が人事管理上の大きな課題となっていますが、特にこの「マタハラ」の問題は、今後の「働き方」「働かせ方」に関する問題としてこれから益々注目を集めることが予想されます。

「広島中央保健生活協同組合事件」判決にみる求められる対応

マタハラが大きく注目されるきっかけとなったのが、2014年の最高裁判決(「広島中央保健生活協同組合事件」最判平26.10.23.)です。

これは病院に勤務する副主任(管理職)の職位にあった理学療法士の従業員が、妊娠を機に軽易な業務への転換を申し出たところ、副主任を免ぜられ、育児休業終了後も副主任に任じられなかったことから、降格は男女雇用期間均等法に違反する無効なものであると主張して争われたものです。これに対し、最高裁は、妊娠や出産を理由とした降格は、本人の自由意志に基づく合意か、業務上の必要性について特段の事情がある場合以外は無効と判示しました。(その後、2015年11月17日に差し戻し審の広島高裁は、約175万円の賠償を病院に命じています。)

行政もこの最高裁判決に対応し、2015年1月23日に通達を出し、「妊娠、出産、育児休業等を契機として不利益な取扱い(解雇、雇止め、正社員から非正社員への転換、降格、減給、賞与の不利益算定など)を行った場合は、本人の同意がある場合等を除き原則として法違反となる」との見解を示しています。

ご参考 厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000088308.html

「契機としている」とは、原則として、妊娠、出産、育休等の事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合、「契機としている」と判断されます。

実務的な対応としては、仮に妊娠、出産、育休の前後で従業員の処遇を変える場合は、「当該不利益を取らざるを得ない理由」(例:母性保護、安全配慮)、「どのような不利益があるのか」「不利益の程度」(例:手当等の減額)、「有利な影響」(例:業務負担の軽減)、「将来の取扱い」(例:復職後は再度昇格)などについて、事前に会社から丁寧な説明を行い、書面で通知し本人からも署名を取っておくなどの手続きが必要となってくると思われます。処遇の変更の理由が妊娠、出産、育休の取得等ではないことを証明するのは、使用者(会社)側の責任となりました。

なお、この「不利益変更の禁止」についての雇用管理上の必要な措置については、現在、男女雇用機会均等法の改正という形で企業に義務付けられることが検討されています。

また、妊娠等を理由とする不利益変更について、2015年9月、是正指導に従わないケースとして、企業名公表が行われました。茨城県牛久市の牛久皮膚科病院で、20代の看護助手が院長に妊娠を告げたところ、「妊婦は要らない。明日から来なくていい」と解雇を通告。茨城労働局が解雇撤回を求めて是正勧告をするも、「均等法を守るつもりはない」と回答した結果、企業名公表に至りました。企業名が公表されたのは、公表制度が設けられてから初めてのことでしたが、厚生労働省は、今後は必要に応じて企業名公表を行うとしています。

マタニティハラスメントの起こる背景

冒頭紹介した厚生労働省の実態調査では、『「休むなんて迷惑だ」「辞めたら?」といった、妊娠・出産・育児関連の権利を主張しづらくなるような発言をされた』という経験を持つ人が47%に上ると報告されています。またこういった発言は、上司だけではなく同僚からも行われ、また男性だけではなく女性からも行われているところが、主に異性の間でトラブルが起きる「セクハラ」、主に上司と部下の間でトラブルが起きる「パワハラ」とは違った特徴だと言えます。

こういった発言の背景には、「あなたの身体が心配だから」とか「生まれてくる子供のことを思って」という表現も漏れ聞こえますが、たとえ、本人に悪気がなくてもこのような発言はその人の価値観によるものと言えます。こういった価値観の背景にあるのが、いわゆる「性的役割分業意識」と言われるものです。

2015年7月に改正セクハラ指針が施行されていますが、そこでは「セクハラ発生の原因や背景に、性別の役割分担意識に基づく言動があることも考えられる」と指摘されています。こういった性別意識に基づく差別は、「ジェンダーハラスメント」とも言われますが、これはセクハラのみならず、性別を理由とした差別に共通する考え方と言えます。

「女(男)のくせに」「お茶くみ・掃除は女性の仕事」など、相手を対等の労働力として見ない、自分の領域を異性に侵されたくないなどといった意識があると、つい相手を見下したような言動につながることがあり、こういう意識を改善することが、ハラスメントの防止効果を高めることにつながります。

マタハラ問題の根っこにあるもうひとつの問題は、「長時間労働を前提とした日本の職場環境」、言い換えれば「残業できない人はいらない」という職場風土です。男女雇用機会均等法は、女性の社会進出に一定程度の役割を果たしましたが、「男性並みに働ける機会を与える」ということに収斂しているとの評価もあります。

この「男性並み」の働き方とは、「いつでも」(長時間労働可)、「どこでも」(転勤可)、「何でも」(どんな仕事でも)対応できますよ、というものであったわけですが、実はこのような働き方は、今日においては男性にとっても対応できないものとなっています。

育児とならんで介護と仕事の両立は、これからの働き方を考えるにあたっての大きな課題です。政府は男性の育休取得率を4年後には13%に引き上げる目標をたてていますが、育休を取ろうとする男性社員に対し、「出世はあきらめたのか」などと上司がとがめる「パタニティハラスメント(パタハラ)」、介護を理由にリストラ候補にされたといった「ケアハラスメント(ケアハラ)」など、家庭生活と仕事の両立に関して起こるハラスメントが今後脚光を浴びることが予測されます。

ハラスメントを考える基本姿

各種ハラスメントをはじめ、労働トラブルの根底にあるのは人権意識の欠如にあると言えます。実はこの「意識」というのを変えるのは難しく、折に触れ啓発をしていく必要があります。

また、ハラスメントについては、行為を行った人と、被害を受けた人という当事者間の問題ではなく、職場環境の問題として会社全体で取り組むべき問題です。

一方、マタハラの問題は将来の労働力に影響する問題であると同時に、時間的制約を持った社員をどう活用するかといった、会社の経営上の喫緊の課題でもあります。マタハラ問題を考えることが、ダイバーシティの実現に向け、これからの日本の働き方を考えるきっかけとなればと思います。

参考文献

小酒部さやか『マタハラ問題』ちくま新書(2016年)
「最近のハラスメント(セクハラ・パワハラ・マタハラ等)をめぐる判例動向」労働判例2016.1-15(No.1123)

アイさぽーと通信<vol.61>掲載

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