労働時間管理の実務対応と法制化への動き

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今年1月20日に厚生労働省から「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(以下、「労働時間の適正把握ガイドライン」という)が公表されました。今後行政(労働基準監督署)はこのガイドラインをもとに企業を指導することになりますので、その内容をよく理解し実務対応する必要があります。

一方、長時間労働の是正は現在議論されている「働き方改革」の目玉であり、前回(4月Vol.65)ご紹介した「働き方改革実行計画」にも罰則付きの時間外労働の上限規制という項目が盛り込まれました。これを受けて、労働政策審議会は「時間外労働の上限規制等について」6月5日に建議を行いました。今後この方向で法制化に進んでいくことが予想されますので、こちらも注目しておきたいところです。

「労働時間の適正把握ガイドライン」への対応

このガイドラインは、平成13年4月6日に出された、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」という通達を改定する形で出されました。従来は「通達」という行政内部の文書だったのが、今回改めて使用者(企業)に向けて発出されたものです。

内容は、労働時間は使用者が適切に管理しなければならないこと。対象は労働基準法が適用されるすべての事業場、および労働基準法第41条に定める者やみなし労働が適用される者を除くすべての者に適用されることなど、以前の通達と共通する部分も多いのですが、時間管理の原則的な方法については、従来のタイムカード、ICカードなどの媒体に加え、「パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録」(いわゆる「アクセスログ」)を記録方法に加えています。

自己申告制については、従来の適正な管理の徹底に加え、実際に労働時間管理を行う者に対してこのガイドラインの内容を説明することが新たに求められています。
また、自己申告により把握した時間と実際の労働時間との合致について、ガイドラインでは「著しい乖離が生じた場合」に実態を調査し、「所要の労働時間の補正をすること」を求めています。

その他、「労働時間の考え方」を示し、業務に必要な準備行為や業務終了後の関連した後始末、「手待ち時間」、参加が義務付けられた研修等といった具体例を挙げながら、「使用者の指揮命令下に置かれていると評価できる」場合、労働時間にあたると明記しました。
さらに、賃金台帳の調製について、賃金台帳には労働者ごとに労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数を記入しなければならず、記入しなかったり故意に虚偽の記入を行った場合は、30万円以下の罰金に処されると、わざわざ罰金額まで明記しています。これは、労働時間数に上限を設けて、実際には働いたにもかかわらず、それ以上の記載をしないといった対応が罰則にあたる可能性があることを示唆したものといえます。

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html

労働時間の上限規制について

労働政策審議会が建議した内容は以下のとおりです。
1.時間外労働の上限規制
・現行の時間外限度基準告示を法律に格上げ。罰則による強制力を持たせる。
(上限は原則として月45時間かつ年間360時間。

年単位の変形労働時間制を採用する場合は、上限は月42時間かつ年間320時間)

・いわゆる特別条項についても上限を設定
(年720時間かつ一時的に事務量が増加する場合について、最低限上回ることのない上限として、

(1)休日を含み、2ヵ月ないし6ヵ月平均で80時間以内、

(2)休日を含み、単月で100時間未満、

(3)原則である月45時間(1年単位の変形労働時間制の場合は42時間)の時間外労働を

上回る回数は年6回まで
・今改定を踏まえ36協定の記載事項のうち「1日を超える一定の期間」は「1ヵ月および1年」に限る。あわせて1年間の上限を適用する期間の起算点を明確化するというものです。なお、現在適用除外となっている「自動車の運転業務」、「建設事業」については、今後適用除外とはしないものの改正法の一般則の施行期日の5年後に独自の基準を設け適用する方向になりました。また、研究開発業務については、適用除外は維持するものの1ヵ月100時間を超えて時間外を行った者に医師による面接指導を義務化、医師については2年後を目処に規制の内容を検討することになりました。

2.勤務間インターバル
労働時間等設定改善法第2条を改正し、「事業主は前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息の確保に努めなければならない」旨の努力義務を課すとともに、同法の指針に、労働者の健康確保の視点から、労使で勤務間インターバルの導入に向けた具体的な方策を検討すること等を追加する。

3.長時間労働に関する健康確保措置
長時間労働に対する健康確保措置として、医師による面接指導の申出を現在の時間外労働1ヵ月100時間を超えたものから、1ヵ月80時間超とする。
その適切な実施を図るため、管理監督者を含め労働時間の客観的把握が必要。その具体的内容は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を参考に、通達において明確化する。

4.その他
中小企業を含め、急激な変化による弊害を避けるため、十分な法施行までの準備時間を確保することが必要。
一方、上限規制の履行確保の徹底のためには、労働基準監督機関の体制整備も行う。

http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000166799.html

実務への影響

「労働時間の適正把握ガイドライン」の内容は、従来の通達や、判例、行政解釈を引き継いだものがほとんどですが、改めて明記されたことにより、現状として対応できていない事項があればガイドラインに基づき明確な指導を受けることになります。

時間外労働の指示の出し方やその必要性の確認、実績の把握、長時間になりそうな部下には月の途中でアラームを出すなど、上司・管理職にはきめ細かな労働時間に関するマネジメントが求められます。また、健康管理面からは管理職自身の労働時間の把握も必要です。
上限規制に関しては、建議の結果がどこまで改正法に落とし込まれるかですが、今でも長時間労働が常態化している職場の場合、労働時間の上限が設定され監督が入った場合、経営への影響は大きいものになると思われます。事実、大阪商工会議所が行った「『働き方改革実行計画』に関する調査」によると、時間外労働の上限規制が法律で定められた効果については、「従業員の心身の健康に繋がる」(54.5%)、「業務内容の見直しに繋がる」(53.1%)等の回答があった一方、影響については、
「売上や受注量が減少する恐れがある」(30.5%)、「(サービスや品質の)低下の恐れがある」(27.2%)といった企業経営への影響を懸念する回答もあったようです。(業種別では建設業の50%が「納期遅延の恐れがある」と回答)
(2017年6月1日発表)

http://www.osaka.cci.or.jp/Chousa_Kenkyuu_Iken/Iken_Youbou/k170601hataraki.pdf

たびたび言われることですが、労働時間の削減は業務効率の改善とセットでなければ生産性が維持できません。上限規制の効果についての「業務内容の見直しに繋がる」との回答に期待を寄せたいと思います。

参考文献
中井智子 仁野秀平「労働時間の適正把握ガイドラインと実務対応」労務事情2017.6.15. No.1342
厚生労働省ホームページ

 

アイさぽーと通信<vol.66>掲載

 

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