人事労務管理のポイント:自営業者とメンタルヘルス

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私事で恐縮だが、かつて私の父母は個人商店(いわゆる町のパン屋さん)を営んでいた。起床は午前4時前、時に大量注文が入るともっと早くなった。通勤時間は0分なので、直ちに仕込みに入り、午前7時前には店を開け、だいたい午後56時ごろまで営業していた。晩年は毎週月曜を定休にしていたが、私の子供のころは月1回の定休日があるかないかだったように記憶している。

もちろん労働基準法の適用外なのだが、「労基法」風に言えば、いつ休憩時間か、あるいは手待ち時間なのかは判然とせず、拘束時間は114時間程度、毎月100時間超の時間外労働と30時間程度の深夜労働、そして月3回の法定休日出勤という実態ということになろう。労働時間から見れば、堂々たるブラック企業の範疇に入るというわけだ。

いわゆるメンタルヘルスの各施策なり問題なりを取り上げる時、「会社役員を除いた雇用者」、即ち民間企業や団体、官公庁に雇われて給料・賃金を得ている給与所得者で会社や団体の役員を除いた者を対象としている場合がほとんどだ。しかし、立場は違えど働く人々すべてに多少なりともストレスはかかる。労働におけるメンタルヘルス対策はすべからく自営業者や会社経営者も含めた全就業者に対してもっとなされるべきではないか。

こう書くと、「雇用される人は労働弱者、雇用する側は権力支配者なのだ。」というイデオロギー上の反論や、「そもそも個人事業主などは、ストレスは少ないのでは。」などという誤解がある。確かに、わが両親は、上述のような労働を何十年と続けたが、少なくとも仕事が原因での精神疾患(うつなど)とは無縁であったようだし、脱サラして個人事務所を構えている私自身のキャリアを振り返っても、現在の方がはるかに仕事上のストレスは少ないのは事実だ。一番の要因は仕事における裁量度なのだろう。時間や仕事内容、場所などを自身で調整できる裁量度合いははるかに大きい。ある程度なら仕事上の人間関係も取捨選択できるだろう。しかし、一方で収入面の不安定さ、さらに事業そのものの継続に対する不安感や経営責任を一手に引き受ける孤独感は日々ついて回る。このプレッシャーは半端ない。ストレスのカテゴリーが両者で違うだけの話だ。

極端な内容になるが、平成28年におけるの職業別自殺率を計算してみると、自営業・家族従業者の自殺率は約0.022%で、会社員約0.01%の2倍を超える。健康問題や家庭問題など、仕事以外の要因の発生率が、職業にかかわらず同じだと仮定すれば、会社員に比べて個人事業主の仕事上ストレスが少ないとは言えないのではないか。会社員の場合は、それぞれの企業での実効度には差があるにしても、安衛法等により、ストレスチェック制度をはじめ労働衛生面での諸施策の保護下にある。医療保険や雇用保険による休業・失業時の補償もある。一方、自営業者については、そのようないくつかの歯止めをかける防波堤がないため、いきなり最悪の結論に到達しやすいのではないかと推察している。自営業者は、何でもかんでも「自衛」業者というのはあまりに悲しい。

会社員などの雇用者は現在5900万人弱、一方自営業者・家族従事者はその1/9700万人弱である。多勢に無勢。年金制度然り、働き方改革然り、少数派に対する対策はどうしても後回しになりがちだが、雇用者以外の就業者のメンタルヘルス対策に対してもう少し目を向けて欲しいところだ。

参考文献
総務省統計局「労働力調査」
厚生労働省自殺対策推進室・警察庁生活安全局生活安全企画課「平成28年中における自殺の状況」

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